「母がいなくなった家に、春が来た」
2025年08月01日
「母がいなくなった家に、春が来た」
桜が咲いた日。
あの家の前を通った。
雑草は去年よりも伸びていて、
郵便受けにはもう誰も読まない封筒が何枚も差し込まれていた。
風に揺れるカーテンの向こうで、母がまだ料理をしているような気がした。
けれど、もう何年も、誰もそこには住んでいない。
灯りがつくことも、洗濯物が揺れることもない。
あの家は、時間ごと、静かに沈んでいく。
──僕は、不動産の仕事をしている。
けれどこれは、不動産の話ではない。
「家」の話であり、「人」の話であり、「思い出」と「未来」の話だ。
「空き家、どうするの?」
そう聞かれても、多くの人はすぐに答えられない。
売るべきか、貸すべきか、解体するべきか。
どの選択にも、決して軽くはない覚悟が伴う。
そして何より、“まだ心が追いつかない”という人もたくさんいる。
それでいい。
それが自然だと思う。
家というのは、ただの建物じゃない。
壁や柱のひとつひとつに、記憶が染み込んでいる。
父が毎朝読んでいた新聞の折れ目、
母が火を入れていたガスコンロの焦げ跡、
玄関に並ぶスリッパの数、
季節の飾り付けのクセ。
全部、ぜんぶ、その人の人生の跡だ。
だからこそ、「処分する」なんて言葉で括れないし、
「資産価値」とか「有効活用」なんて言葉が、妙に冷たく感じるのも当然だ。
でも、時間は進む。
気がつけば、税金の請求書が届く。
雨漏りが始まる。
草が伸びて、近所からの視線が気になる。
親族とのやりとりがストレスになる。
「どうしたらいいのかわからない」
「なぜ自分だけが抱えているのか」
「誰か代わりに決めてくれたらいいのに」
その苦しさも、僕はこれまで何度も見てきた。
だからこそ、こう思う。
家のことを「決断する」というのは、
自分自身の人生に「区切りをつける」という、
とても深くて、静かな、ひとつの儀式なのだと。
それは、誰かに命令されてやるものではない。
数字で答えが出せる問題でもない。
きっと、その人の中にある「準備」が整うまで、
そっと横に置いておくしかないものなのだと思う。
ある女性が、相談に来てくれた。
ご実家が空き家になって3年。
兄妹とは連絡が取れず、
母の遺した荷物には手をつけられず、
「このままじゃいけない」と思いながらも動けないままだった。
その方が、ふとこう言った。
「家をどうするか、じゃなくて。
私は、母とどう向き合いたいのか、それがわからないんです」
ハッとした。
この仕事をしていても、そんな言葉には、なかなか出会えない。
でも、その本音こそがすべてだった。
売ること、貸すこと、残すこと。
それは手段でしかない。
大事なのは、心の置き場所を見つけることなのだと、僕は思う。
それから数ヶ月。
彼女はご実家を「見送る」決意をされた。
「母の宝物だった家を、次の人に託したい」
その言葉に、どこか誇らしさがあった。
家の売却は、終わりではなく「次の誰かへ手渡す」ことなのだと、
あの時、彼女から教えられた気がした。
僕がこの仕事をしているのは、
数字を追うためでも、契約を取るためでもない。
「大切なものに、ちゃんと向き合える時間を、誰かに届けたい」
そう思っているからだ。
感情は、合理的ではない。
でも、だからこそ愛おしい。
だからこそ、家という空間には意味がある。
ひとりで決められない時、
誰かに背中を押してほしい時、
そっと寄り添える人がいるだけで、少し違う。
僕がその「誰か」であれたら、本当にうれしい。
この街で生まれ、この街で育ち、
たくさんの家と、たくさんの家族と出会ってきた僕だからこそ、
伝えられることがあると信じている。
実家のこと、空き家のこと。
考えたくない気持ちも、
話したくない気持ちも、全部受けとめます。
「まだ何も決まっていないけど」
「こんなことで相談していいのかな」
そんな方にこそ、声をかけてほしい。
いつか誰かが言っていた。
「相談とは、心の中の扉をそっと開けること」だと。
あなたが、その扉を少しでも開ける準備ができたとき、
ここで待っています。
とちぎ土地売買/土地アドバイザー担当より
──ご相談は、いつでもDMからどうぞ。
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